本サイトの記事でも何度か出てきている「出向」ですが,その定義って皆さんご存じでしょうか. 某銀行ドラマの影響で,「出向は悪いことで,出向したらもう出世はできない」というイメージがあるかもしれません. ですが,実際はそんなことはありません.むしろ,出世する候補に優先的に出向が回ってくることも多くあるというのが現実です. 本ページでは出向とは何なのか,どういうメリットがあるのか,出向をするとどうなるのか,といったことをまとめていきます.ここで紹介する内容は,厚生労働省が令和4年に発行した資料「在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版) 」に基づいています.
なお,私は弁護士ではないため,個別の事例についてアドバイスをすることはできません.あくまで一般論としてのみ述べていますので,ご了承ください.
出向の定義
厚生労働省の資料「労働者派遣と在籍型出向との差異 」によると,出向とは以下のように定義されています.
労働者が出向元と何らかの関係を保ちながら、出向先との間において新たな雇用契約関係に基づき一定期間継続的に勤務する形態
なお,出向元と雇用契約関係を維持しているものを「在籍型出向」,維持しないものを「移籍型出向」と呼びます.移籍型出向は事実上会社都合での転職に近いですから,本人の同意が必要で,拒否する権利もあります(退職金の定めがある場合には,支払われます).一方で,在籍型出向の場合はいずれ出戻ることを前提としていることもあり,就業規則や労働契約に明記されていれば,本人の同意なしに出向させることができます.
本ページでは,主に在籍型出向について説明していきます.
出向した時の給料
出向した場合の給料の取り扱いですが,これは実は個別の出向契約によって異なります. つまり,出向先が労働者に直接支払う場合もあるでしょうし,出向先が出向元に給与負担金を支払ったうえで,出向元が労働者に給与を支払う場合もあります.まあどこからお金が出るかはあまり労働者にとっては意識しないポイントかもしれませんが,問題は給与の額です.
給与の額は減ることもある??
給与の額ですが,労働条件等は改めて締結されるため,給与の額は別途決められます.ですが,「給与を下げる」ということは,いくら就業規則に「出向を命じることがある」と書いてあっても,同意が必要だとみるのが一般的です. ですので,給与が下がることは一般的にはないとは思いますが,そのようなオファーを提示された場合には,交渉の余地や,拒否する権利があることを知っておきましょう.
休日などの労働条件や賞与はどうなる?
休日や賞与などの労働条件については,出向先のものを適用することが一般的です. ですから,例えば出向先のほうが休日数が少ない場合には,休みが減ることになりますね.こういう場合には,労働条件が悪くなっているということができますから,その不利益を出向元が補償する必要があります(そうでなければ,拒否する権利が与えられるといったほうが正確かもしれません).
出向のよくあるパターン
出向のよくあるパターンを以下にまとめます.
子会社の現場を体験させる出向
本社から子会社への出向は,本社の人材を子会社に派遣することで,子会社の業務を支援することを目的としています.例えば子会社にゲーム会社があるとして,本社のゲーム開発部署の人材を子会社に出向させることで,子会社のゲーム開発を支援することができます.そして,現場で経験を積んだ人材を本社に戻すことで,子会社の現場を理解した人材にかじ取りを任せることができ,グループ全体の業務を効率化することができますよね.こういう例においては,出世を期待されている人材が出向するといえそうです.
子会社への出向は本当によく行われており,有価証券報告書を見ることである程度は把握することができます. 例えば,サイバーエージェントの2022年度有価証券報告書 を見ると,本社在籍でゲーム事業に従事しているのはわずか25名である一方,連結会社では2,378人いることがわかります.サイバーエージェント本社でもゲーム事業の人材は当然募集しているわけですが,そのほとんどは子会社に出向していることがわかりますね.もちろんこれはこれ自体がポジティブでもネガティブでもなく,ただただそういう業態であるということを示しているだけです.例えばサイバーエージェントのゲーム系子会社にはサイゲームス がありますが,具体的な業務を調べたい場合には,むしろこれらの会社のホームページを見たほうがいいかもしれませんね.
出向起業
経済産業省による,大企業等人材による新規事業創造促進事業(出向起業等による新規事業創造の実践) という事業があります.これは,大企業の人材を起業家として起業させることで,新規事業を創造することを目的としています. ここで想定されている出向事業とは,
大企業等人材が、所属企業を辞職せずに、自ら外部資金調達や個人資産の投下等により起業した、資本が独立したスタートアップへの出向・長期派遣研修等を通じて行う新規事業
です.つまり,出向先は,大企業の子会社ではなく,独立したスタートアップであり,かつその従業員が起業した会社である必要があります.いわゆる起業は,かつては「辞めて起業するもの」というイメージがありましたが,それはやはりリスクが大きく,なかなか踏み出しにくい状況がありました.そこで,在籍出向という形をとることで,失敗しても会社に戻ることができるという安心感を確保しながら,起業を促進するというのがこの事業の目的です. 具体的な事業内容・実践例については,執行団体のWebサイト に多く掲載されています.
こういう出向はやばい!無効にできるかも?
さて,今までは「まとも」な出向について説明してきましたが,問題のある出向もあります.本来の目的とは異なる目的で出向を行うこともあるのです. しかし,東京地方裁判所平成25年11月12日判決 では,「事業内製化による固定費の削減を目的とするものとはいい難く,人選の合理性(対象人数,人選基準,人選目的等) を認めることもできない。」ような出向は人事権の濫用に当たるとして,無効と判断されています. この例では,もともとデスクワークに従事してきた従業員に対して出向先で立作業や単純作業を中心に行わせるなど,キャリアや年齢に配慮した異動ではなかったことが問題となっています.退職勧奨を拒否した社員に対して上記のような出向を命じたことが無効と判断されましたが,損害賠償などの請求は認められませんでした.
まとめ
今回のページでは,出向とは何か,出向をするとどうなるのか,といったことをまとめていきました.
- 出向とは,労働者が出向元と何らかの関係を保ちながら,出向先との間において新たな雇用契約関係に基づき一定期間継続的に勤務する形態
- 出向先は,本社の子会社であることが多いが,起業などの場合もある
- 出向先は,出向元との間において新たな雇用契約関係を締結するため,給与は別途決められるが,給与を下げるには同意が必要
- あまりにひどい出向と感じたら,法律の専門家に相談したほうがよい