企業から内定をうれしくもいただいたあなた,おめでとうございます. 大体の企業においては内定をいただいた後に,「一週間後までに承諾か辞退の返事してね」というようなことを言われると思います. しかし,第一志望の結果がわかるのはまだまだ先.この時,とりあえず承諾しちゃってもいいのでしょうか?
結論
しょっぱなから結論を言いますが,「とりあえず承諾して,第一志望の結果を待つ」のがよいと私は思います. その際に,内定承諾書とか推薦書とか求められたら,全部即断して書いちゃいましょう!別に書いたところで後から辞退すればよいのです. とはいえ,本当に大丈夫なの?って思いますよね.だって,「もう就活はやめます!」的な書類にはサインさせられるし……そんな人はここから先を読んでください.
内定辞退Q&A
「内定承諾」とは?
一般的に内定を承諾することは,企業との間で雇用契約を結ぶ ことを意味します.契約ですから,当然ながら法的な効力が生じます. ということは,辞退なんてできないのかな?と思うかもしれませんが,実は辞退することはできます. そもそもですが,雇用契約をしっかりと結んでいる正社員でも,民法第627条によって,労働者は意思表示を二週間前に行うことで「雇用契約の解除」ができます. つまり,端的な答えとしては,「内定を承諾した時点で雇用契約が結ばれたと考えるのが妥当であるが,二週間前まで に申し出れば雇用契約の解除は可能である」ということになります.
つまり,「とりあえず承諾」して後から辞退しても問題ありません.もう第一志望の結果が出ているならともかく,まだ迷っている状況ならとりあえず承諾してしまいましょう.
内定承諾書に「内定を辞退しません」って書いてあるんだけど……?
はい.内定承諾書をよくよく読むと,「内定を辞退しない」という文言が書かれていることがありますよね.結構見かける文面だと思います.これにサインしてしまったら,もう辞退できないのかな?と思うのが自然ですよね. ですが,法律と労働契約においては,法律のほうが優先されます.「内定を辞退しない(してはいけない)」と「契約の解除ができる」は矛盾する文言なわけですが,この場合は法律に書かれている後者が優先され,「内定を辞退しない」という文言は無効となります. これは例えば,解除までの意思表示期間を定めているような労働契約についても同様です.例えば多くの会社では「退職する場合,〇ヶ月前までに申し出てください」というような文言が労働契約や就業規則に書かれていますが,これは「二週間前までに申し出れば解除できる」という民法とバッティングし,無効となります.
民法の細かい話
なおここで,細かい話ですが,この民法第627条は「任意法規なのか強行法規なのか」という話があります.「契約は自由」というのが民法の原則ですので,民法の内容に反しているからと言って,互いに同意していれば契約が成立する場合があります.ですが,高野メリヤス事件(昭和51年10月29日,東京地方裁判所) 判決に見られるように,この事項は労働者の保護を目的としており,強行法規であると考えることが一般的に思います.
損害賠償を請求されることもあるって聞いたんだけど……?
内定を辞退すると,損害賠償を請求されることもあると聞いたことがあるかもしれません. ですが,これも例えば社会人について考えてみるとわかりやすいかもしれません. 社会人になってから退職するときに,「お前の採用にかかった金を返せ!」あるいは「今まで研修で使った金を返せ!」と言われることはあるでしょうか. もちろん,そんなことはありません.ですので内定を辞退したからといって,「代わりの人を雇うのにかかった金を返せ!」と言われることはありません.
一応気にすべきこと
ですが,内定を辞退する側によっぽどの落ち度や悪意がある場合には,損害賠償を請求される可能性がないとは言えないでしょう.例えば,以下のようなケースです.
- 入社するつもりが全くなかったのに,多額の費用が掛かる内定者研修などに参加し,入社直前になって辞退する
- 他の企業の内定を持っていて,入社する気が全くなかったにもかかわらず,いたずらに時期を入社直前まで引き延ばした
ですがこれらのケースが実際に問題となったことは(おそらく)なく,あくまで可能性の話であることをご留意ください.また,これらはよっぽど酷い場合であって,例えば「現時点で内定が出ている会社のなかでは一番志望度が高いが,より志望度の高い会社の結果がまだなので,とりあえず承諾しておく」というような場合には,問題になることはないでしょう.
入社前研修って行かなきゃいけないの?
入社前研修は,入社前に行われる研修のことです.もちろん研修はありがたいことで,学べるものは学ぶべきです.しかし,まだ選考があるのに研修の予定をたくさん詰められても困ってしまいますよね.このような入社前研修に参加する義務はあるのでしょうか?
実は,入社前研修に参加する義務はありません.というのも,内定承諾書/雇用契約書には入社時期が記載されていますよね.25卒の場合,多くの企業では2025年4月1日となっていると思います.これはどういう意味かというと,「会社があなたに業務命令できるのは2025年4月1日以降」ということです.入社前に業務命令として何かをあなたに命じることはできません.
つまり,「入社前研修に参加しなさい」というのは業務命令ではなく,入社前研修はあくまで内定者と任意の合意があった上で行われるとなります.ですから,参加しなくても特段大きな問題はないということになり,これを理由に内定を取り消すことはできません(内定を企業側から取り消すハードルは極めて高いのです). これは実際に裁判として争われた事例があり,内定者が勝訴しています(東京地判平成17.1.28労判890号5頁).
「辞退したらもうお前の大学からは取らないぞ」と言われたら?
私自身はこのようなことを言われたことはありませんが,たまに都市伝説として聞くことではありますよね. これは特に労働基準法に抵触するわけではなく,またそれを聞いた側に直ちに害を与えるものではないですから,脅迫罪の構成要件も満たさないような気がしますね(もちろん,とてもお困りの場合は弁護士にご相談なさってください).
ですが,果たしてこれは実現されるでしょうか?私にはそうは思えません.それは企業に利益がないからです.そもそも同じ大学に所属しているから内定辞退に関して同じような考えを持っているとも限りませんし,企業からすれば単純に応募者の母数を勝手に絞っているというだけにすぎず,あまり有利に働かないように思います.特に大学のランクが高ければなおさらです(東大からうちはもう取らないぞ!と人事が言ったところで,それはデメリットのほうが大きそうですよね.大体の大学ではデメリットが勝ると思います). ですから,そう言われて辞退したとしても実際にはそのような扱いを後輩が受けることはないと思いますし,それこそGoogleなどの超トップでもない限り同規模同条件の企業なんてたくさんありますので,仮にそうなってしまったとしても後輩にとっては大きな障害とはなり得ず,気にしすぎる必要はないと思います.
内定辞退の際に,就職する他社の名前を伝える必要はある?
名前を明かす必要はありません.というのも,伝えるメリットが特にないからですね.もちろん伝える義務もありません(何度も同じ例えを出して恐縮ですが,転職するときに転職先を伝える必要は必ずしもないですよね). ただし,人事の方からは尋ねられることが多いと思います.その際は,「申し訳ないのですが,お伝えすることはできません」ときっぱり断るのがよいと思います.
また,もちろん自分から伝えることはできます.よっぽど信頼できる人事であれば相談に乗ってもらうのもありかもしれませんが,人事の方はあくまで会社に属しており,会社の業務命令であなたの相談に乗ってくれていますので,そもそもが利益相反の行為であることを心に留め置いてください.相談したいのであれば,例えばキャリアセンターなど,特定の会社に対して利害関係を持っていないような人や団体に対してするのが適切だと思います.
内定辞退はどうするとよい?
さて,内定辞退は法的に問題ないことを紹介しましたが,それはあくまで法的な話です. 企業も内定辞退はある程度織り込んでいるのはもちろんですが,なるべく避けたいダメージであることには変わりありません.とくに,入社を承諾する気が全くないのに入社前研修を受けるなどすることは,企業にとってもあまりにも無駄な負担ですし,先述したようにそこまでやってしまうと損害賠償を請求される可能性も0とは言い切れないでしょう.危ない橋を敢えて渡る必要もありません.
ですので内定辞退はできるだけ早く,かつ角が立たない程度には丁寧に行うことをお勧めします. 対面で行う必要は必ずしもありません.メールでも契約の解除は成立しますし,文面を残しておくことで,後々トラブルになることを防ぐことができます. 内定辞退は会社も想定していますし,追いすがっても大体の内定者は靡かないことを経験的に理解していますから,たいていの場合にはそのメールと,せいぜいそのあとの電話一本で終了することと思います.
内定辞退をさせにくくする企業の工夫と,その対処法
「内定を辞退しません」という文言に意味がないことはすでにお伝えしましたが,それではどうして企業はそんな文言を書いてサインまでさせるのでしょうか? それは,求職者に「なんとなく」内定辞退をさせにくくするためです.サインしておいて辞退するなんてなんだかちょっと悪い気がしますもんね,それが狙いというわけです. このような方法は,ほかにもいくつかあります.
具体的な手法
- 研修や懇親会を大量にセッティングし,就活スケジュールを圧迫する
- 人事と交流を持たせ,定期的にコミュニケーションを行わせる
- 「もう選考には参加しない」という意思表示をさせる
研修や懇親会はもちろん有益でしょうし,予定の合う限り参加したほうがよいでしょう.しかし,先ほど述べたように,仮に「入社前の研修に参加します」などの文言にサインしてしまったとしても,参加しなかったことが原因で内定を取り消すことはできないという判例が存在します.
人事と仲良くすることについて
またよくある手法が,人事と定期的に交流をさせ,なんとなく仲良くなっちゃったし,辞退しにくい……みたいな状態にすることです.これについては正直どうしようもありませんが,人事との仲よりも自分のキャリアのほうが一般的には大事でしょうから,優先順位を間違えないようにすることが大事です.先ほども述べましたが,いかに親切に見えても人事の所属はその会社であって,会社の利益と内定者の利益が対立した場合には前者を選ばなければならない「立場」です(もちろん,内定者のことを一生懸命に考えてくださっている人事の方が大勢いらっしゃることは承知しております.しかし,その会社で人事をしているという肩書で会話をする以上,そのポジションと会話の内容を結びつけないわけにはいきません).
「選考には参加しない!」という意思表示は無効
選考に参加しないという意思表示については,労働基準法以前に「職業選択の自由」に抵触します.就職してからも,自由時間に転職活動をすることは許容されていますので,このような制限は認められません.そのような書類にとりあえずサインをしておいて実際には選考活動を継続するというのはよくあることですし,特に咎められるいわれはありません.
まとめ
- 入社二週間以上前における内定辞退は,内定承諾後であっても法的には問題ない(より志望度の高い企業の結果待ちの場合は,とりあえず承諾してしまって構わない)
- 「これ以上選考には参加しない」「研修に欠席しない」などの誓約には効力がないので,仮にサインしたとしても選考活動を続けていたり,研修に参加しなかったことを理由に内定を取り消すことはできない
- 内定辞退は,その会社に就職する意思が失われた段階でできるだけ早く,かつ丁寧に行うことをお勧めする.対面で行う必要はなく,メールで十分である.