はじめに
労働基準法においては,労働者の権利を保護するために,様々な規定が定められています. しかし,ブラック企業と呼ばれる企業では,これらの規定を無視して,労働者を搾取していることがあります. この記事ではブラック企業に搾取されないために,労働契約における禁止事項についてまとめていきます.
心当たりがある場合は,ぜひ弁護士や労働基準監督署に相談してください!
前提として:就業規則と法律
契約の自由
さて,まずこれは資本主義社会の基本的な考え方ですが,「契約の自由」というものがあります.これは,「契約をするかしないか」「誰と契約するか」「どのような契約内容にするか」はできる限り自由ということです.ここで,「自由」とは,できる限り国家が制限を加えないということです. これは例えば商法の規定に「商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。」というものがありますが,別に互いが合意すれば,この規定を無視しても構わないということです. ってことは,同意すれば奴隷契約でも結び放題ってこと?? ……と思うかもしれませんが,現代日本ではそうではありません.いろいろと制約があるのです.労働契約においては労働者が一方的に不利益を被ってきた歴史があって,その反省をもとに法律は工夫されています.労働者は資本家と対等な立場になかったので,労働者は資本家に対して不利益な契約を強いられてきたのですね.
ですから,労働者を守るために,労働基準法という法律が定められていますし,民法の規定も,労働者の権利を守るために制定されているものは,自由な契約を制限する立場にあります(そもそも個人的には,会社と労働者の契約を「自由な契約」とは呼び難いような気もします.)
具体的な話をしましょう.会社には就業規則というものがあります.これは,会社が定めたルールのことで,例えば始業時間や終業時間,退職に関する規則などが定められています.ですが,これはあくまで社内ルールであって,法律ではありません. もちろん社内ルールは守らねばならず,正当な理由なく違反してはいけません(懲戒の対象となりえます).しかし,法律によって定められた権利は,社内ルールによって制限されることはありません. ですから,以下に示す事項と矛盾していた場合には,法律のほうが優先されますので,就業規則のほうが無効になります.「そんな就業規則,あるわけないだろ」と思うかもしれませんが,案外あるので,以下の事項をしっかり押えておくといいですよ.え?就業規則なんて見たことない?……まあ,自分が以下のことをしたりされたりしていないかだけでも,見ていってください.
労働基準法による禁止事項
まずは労働基準法です.基本的には,労働条件にまつわることが記されています.
あらかじめ定めた罰金の禁止
労働基準法16条では,「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定められています. これはつまり,「遅刻したら○○円の違約金を払え」というような契約は無効であるということです.この時に重要なのは,「違約金を払わせること」が禁止されているのではなく,「違約金をあらかじめ定めること」が禁止されているということです.つまり,何か故意や重大な過失があった際に損害賠償を求めるのであれば,しっかりとそのたびごとに損害額を算定して,法的な手続きでもって請求しろということです(一般的に,何回か遅刻した程度では認められません).
労働を条件に金を貸すことの禁止
労働基準法17条では,「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。 」と定められています.つまり,会社に借金があるからといって,その借金を返すために賃金を差し引くことは禁止されています.また,「会社を辞めるなら全額をここで返せ」というようなことも禁止されています.こういうことがあると,会社に借金を作ってしまったばっかりに会社にしがみつかざるを得ず,自由な転職を妨げる……なんて人がいかねませんからね.
強制的な積立の禁止
労働基準法18条では,「使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない」と定められています.例えば,「社員旅行代を毎月10000円積み立てさせる」というようなことは禁止されています.社員旅行というのは社員に対する福利厚生として行われると思いますが,そのような社員の利益のための行為でも禁止されています. とはいえ,労働者が同意すれば,積み立て自体をすることは可能です.
天引きの禁止
労働基準法第24条には,「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」とあります.これは,例えば「勤労感謝費」などの名目で一方的に天引きをすることは禁止されているということです. ただ,もちろん税金等は天引きされていますし,このほかにも,労働組合(あるいは労働者の過半数の代表者)と書面で合意していれば,天引きは可能です.まとめると,税金と,労働組合が認めたもの以外の天引きは禁止されています.
労働契約法による禁止事項
労働基準法と似ていますが,労働契約法というのもあります.基本的には労働基準法のほうが重いとおもってもらって構いません(刑事罰の対象になります)が,労働契約法が大事でないというわけではありません. 民事裁判などでは,労働契約法を遵守していたかが大きく関わりますよ.
不利益な方向への労働条件の変更の禁止
労働条件の変更については,二通りの方法があります. 一つは,労働者と使用者が一人ひとりで話し合って,合意に達した上で変更する方法です.つまり,個別に変更する方法です. なお,この時,就業規則に達しない労働条件に変更することは認められません.
もう一つは,就業規則の変更による方法です.就業規則というのは実は使用者が勝手に変更できてしまうので,始業時間等はいじり放題なように思えます.しかし,労働契約法第9条に「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」と示されており,そのような変更は無効です.とはいえ,詳細は省きますが,合理的な理由があったり,正当な手順を踏んでいれば,就業規則の変更は可能です.
細かな話
労働時間ってなんだ?
労働時間は,使用者の指揮命令下にある時間です.具体的には,使用者が「電話来たら出といてね」とか,そういうことを言っていた場合には,その電話が来るまでもし何もしていない時間があったとしても,その時間は労働時間に含まれます.完全に自由でない限りは,労働時間です.言うまでもないですが,サービス残業とか普通に違法ですからね?
就業規則って……
労働契約法第七条には「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」とあるので,私がこれを読む分には,契約時には就業規則を見せておく必要があるように読めるんですよね. ただ,実際問題,入社前に就業規則を見せてくれる会社なんてないような気がします.これって,どうなんでしょう? 私としては,すべての会社が就業規則を公開してもいいと思います.
まとめ
労働基準法や労働契約法には,労働者を守るための規定が定められています. 以下の事項は労働基準法・労働契約法に違反しているかもしれないので,心当たりがある場合は,ぜひ弁護士や労働基準監督署に相談してください.
- 遅刻した場合の罰金規定などが定められている
- 会社に借金があり,辞めるときには全額返せと言われている
- 社員旅行代を毎月積み立てさせられている
- 会社が労働組合等を通さずに,勝手に謎の天引きをしている
- 就業規則の変更で,一方的に労働条件が悪くなった
参考文献
今回は労働基準法や労働契約法をよく引いてきましたが,以下のリンクから原文が読めます. e-govという政府が運営している行政情報のサイトですので,いろいろと法律を調べるときには便利ですよ.